死して屍拾う者無し

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フォルクスパーク・フリードリヒスハイン

クロネコ最近近所にある
フォルクスパーク・フリードリヒスハイン
と言う公園にはまりまくってて。
週に何度も通ってる。

今まさに緑が芽吹いて、
公園の木々が若い葉っぱでキラキラ輝いてて!
その息吹を感じるとパワーが涌いてきて
最高に幸せな気分になるから!

ってのが根底にあるんだけど。
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それだけでは無い魅力が
この公園にはあるのだ。

公園自体はかなり前から知ってて
何度も行ったことがあるし。
しょっちゅう公園の脇の道を
通ったりしてたんだけど。

思ったより凄い公園だと言うことが
ほんの1週間前に分かって。
それ以来夢中。
調べれば調べるほど
クロネコが好む要素をちりばめてることが
わかって。
あんた、アタイを待っていたんだね!
って心底感じてますわ。

いや、クロネコそれは思い違いでは?
って思うかもしれないけど。
この公園にはクロネコを惹きつける
力があるのだー。
こんなにアタイを魅了した公園は
今まで存在しない~。
今んところ
この公園がアタイのナンバーワンだよ。162.png162.png

公園そのものとしてもすごく魅力的。
なんでもベルリンでもっとも古い
一般庶民向けの公園なんだそう。
いわゆる貴族とか王族向け公園というのは
むかーしからあるけど。
一般庶民向けってのはのちのちのものなのでね。
1846年に作り始めたそう。
ものすごく広くて。
49ヘクタールもあるのだ。

庶民向けだから
色んなファンクションがあって。
親子連れから、
カップルから、
お年寄りから、
ジョギング好きから、
犬の散歩から、
スポーツトレーニング好きから、
テニス好きから、
ビーチバレー好きから、
映画好きから、
とにかくいろんな人が楽しめるつくりに
なってる。

アタイのような1人でふらり~な人でも
もちろん楽しめる。
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レストランもあるし。
カフェもある。
(行ったこと無いけど)
オープンエアの映画館もある。(夏用だね)
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メルヘン噴水もあるし。
(これが一番有名かと)
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お子様たちの遊び場もたくさんある。
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アタイもこういう部分を以前から
知ってて。
以前ちょっと散歩したり
ジョギングしたことがあったくらいで。
久々にお散歩しようかな~と思って
先週ふらり立ち寄ったんだわ。
天気が悪くて寒かったんだけど。
ふらふら歩いてたら
意外にもこの公園は起伏があることを
発見してね。
あら?
階段があるんだけど。
小高い山があるんだけど。
ちっとも気がつかなかったわ~と。
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こういうの発見するとなんか
わくわくするよね。
なのでクロネコも登ってみたのよ。
山頂では若者たちが音楽かけて
バーベキューしてたわ。

そんで下山して。
この公園、旧東ベルリン地区にあるだけあって。
ところどころ共産主義的な彫刻が
あるんだよね。
それもまたクロネコのツボでして。
アガル~
タカマル~
と思いつつ。
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ふと、看板で公園全体図でも見ますかね。
と思ったのがことの始まり。

この看板が公園のいたるところにあるんだけど。↓
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ふんふん。
クロネコ今日はこの小高い山を
発見したんだね。
なんつー名前なのかね。
と思って見たら。
「kleiner Bunkerberg」
って書いてあったんす。
ブンカー?!
ブンカー?!
ブンカーってあんた。
クロネコが好きな単語のひとつですわよ。

Bunkerつったらね。
クロネコの脳内変換だと
「シェルター」になるんですわ。
ってことはだよ。
アタイが今日登ったお山は
かつて防空壕だったってことだよね?
かつてっていうのは、もうあの時しかないわけで。
第二次世界大戦だよ。

ベルリンはあらゆるところに
ブンカーがあったわけで。
一番有名なブンカーは、
フューラー・ブンカー。
つまりは。
アドルフ・ヒットラー総統の防空壕。
あれはかなり広域にわたって
地下に作られてたと言われてて。
かつての見取り図とか見ると
アガルよね!
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でも。
ヒットラーのブンカーはもう存在しない。
連合軍がドカドカ爆弾を上から
落としてしもうたからね。
ブンカー跡の看板だけがブランデンブルク門の
南あたりにあるよ。
でも地下壕は無い。
残念~。

ブンカーにはいくつか意味があって。
防空壕以外には貯蔵庫みたいな
意味もあるみたいなのよね。
色々調べてて分かったんだけど。
この公園にはかつて2つのブンカーが
あったんですわ。
小さいブンカーと(高さ50m)
大きいブンカー(高さ78m)のふたつ。
それらはどうやら貯蔵庫的役割を
果たしてたようで。

でもでもでも!
こいつらにはもっとすごい機能があったんだわ。
ただのブンカーじゃないのだよ。
これらは1940年にヒットラー総統の
命令により、大急ぎで建設された
「対戦闘機用火砲台」だったんす!!

なんのこっちゃ?
と思うでしょ。
当時ね、一度イギリス空軍が
ベルリンを空爆したらしく。
それに対して、こんにゃろーめ!
と思ったヒットラー総統は
大急ぎでこの火砲台をベルリンの3箇所に
作らせたらしいんだわ。

おおよそ見た目はこんな感じ。↓
これは現存するハンブルクにあるブンカーなんだけど。
超巨大なのだよ。
地上6階建てくらいのコンクリ製。
頑丈過ぎて解体が難しいみたい。
爆破するとコンクリ片が吹っ飛ぶので
恐らくそのまま今もハンブルクのは残ってるんじゃ
無かろうかと。
火砲台機能と、シェルター機能に分かれるようです。
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ブンカーはベルリンだけで
19箇所もあったらしく。
ドイツ全土だとものすごい数のブンカーがあって。
地上に聳え立つタイプと、
地下にうもれてるタイプと、
半地下半地上型もあったりと。
いろんなタイプがあるみたい。
火砲台という機能を持ったブンカーは
ベルリンには3箇所しかなかったようで。
そのひとつがフリードリヒスハイン公園にあったというね。
ひとつと言いながらも、
この公園には2つあったんだけどね。
小さいほうが偵察機能(いまいち訳が分からんので多分)
大きいほうが大砲機能。

イメージとしてはこんな感じ。↓
屋上に火砲台を設置して迫りくる敵の戦闘機を
打ち落とすために爆弾をセットして偵察してたようで。
フリードリヒスハインの当時の写真が無いので
フンボルトハインの写真。
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残りの二箇所は
ベルリン動物園の一角と
フンボルトハイン公園の一角。
どれも戦後すぐに連合軍によって
爆破されたんだけど。
フンボルトハインの火砲台は
電車の線路脇にあったため
ダイナマイトの量を増やせなかったことから
一部が今も残っていて。
この中を見学可能なんだわ。
クロネコ前々から知ってたけど
まだ行けてないのよね。
今年の夏は制覇するよー。
ぜったい行く!
なんならチャリで行けるからサイクリングがてら。
フンボルトハインも自宅から5キロ以内にあるのだー。

これが爆破してるところの様子。↓
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こっちは動物園のブンカー爆破の様子↓
Zoo駅からのショットだね。
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クロネコね、
フリードリヒスハイン公園の地図で
ブンカーという名前を見たとき
これは!
これはクロネコが好きなネタに違い無い!
って思ったから色々調べてみたのよ。
したら防空壕じゃなくて。
ここのは、火砲台兼、貯蔵庫だったのよ。

しかもかなりミステリアスでロマンチック
この上ないストーリーがあってね。

ナチスドイツの敗戦が色濃くなってきた時期、
といっても終戦1年前あたりらしいので
1944年頃とのことだけど。
ナチスドイツは、国立ミュージアムにある
美術品をどうやって連合軍の砲火から
守ろうかと考えたらしく。
とにかくどこか安全なところへ避難させねば!
まずはベルリンから外に出す案で。
西の方の小さい町、グラスベルクに持ち出そうと
したらしいのよ。
でも。
徐々にベルリン包囲網が迫ってきてて
その町に全部移動させるのが難しくなったらしく。
西からは米軍が迫ってきてたからね。
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こうなったらベルリン市内の安全な場所へ
避難だ!ということで。
動物園にある火砲台兼貯蔵庫と
フリードリヒスハイン公園の
火砲台兼貯蔵庫(小さいブンカーの方ね)に
411個の美術品(絵画、彫刻、金銀)を
1945年の3月末ごろに避難させたんだそう。

クロネコがマークを作ったベルリンの地図なんだけど。↓
紫がミュージアムがある場所ね。
今で言うボーデミュージアムだよ。
で、赤丸が火砲台兼貯蔵庫だったブンカー。
「Hがフンボルトハイン」
「Zが動物園」
「Fがアタイがはまってるフリードリヒスハイン公園」
美術品はZとFに分けて保管されてたそう。
青丸がヒットラー総統が居たシェルターね。


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あと、黒文字で小さく書いてるのも
シェルター跡で。↑
こちらは市民が避難するためのもの。

BはBonosさんと言う方が買い取って
今はギャラリーになってて現在は中を見学できる。
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AはAnhalter Bahnhofと言って昔の電車の
終着駅跡近くにあるシェルター。↓
ここも今は観光客が中を見学できるようになってる。
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PはPallas通りにあるブンカーで
現在中に入れるかどうか不明。↓
けどこのブンカーの凄いところは、ブンカーをまたいで
アパートが建設されてるところなのよね。
無理やりにもほどがあるんだけど。
建築様式からして西ベルリンのアパートだよね。
どんだけ無理やり建ててるんだ?ってくらいの
無理やり感満載のブンカー&アパート。
うけるよね。
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とっても面白そうだから今度これらを
全部まわろうと思う。
自宅からだと7キロくらいのところにあるから
チャリで行ける範囲だしね。
この地図からはみ出してるエリアにも
あと2箇所ブンカーが現存してて。
特に南東にあるブンカーが非常に興味深いもののようなので
これも行くしかない!って感じ。
わくわーく!

美術品に話を戻すと・・・

ナチスドイツが降伏したのは5月8日だけど。
ソ連軍によってベルリンが陥落したのはその前。
(今ネット検索してみたけど
詳しい歴史日程を確認できなかったので
後で更新予定)

ミュージアムの館長さんがフリードリヒスハイン公園に
すっとんでいって、避難させてあった美術品の無事を
確認しに行ってるのは
5月4日と5日が最初なんだよね。
ってことはオフィシャルな無条件降伏の日よりも
先にベルリンが陥落した直後に美術品を
見に行ってるってわけで。
で、そん時見た感じでは全部無傷で無事
だったんだそう。
で、再度6日に訪問してみたところ
ブンカーの1階部分が火事で焼けてることに
気がついたんだそうで。

館長さんはとにかくソ連軍に
早く国宝級の美術品を避難させたいから
なんとか許可を出してください!
って懇願したらしいんだけど。

なんせ。
なんせ。
館長さんドイツ人ですからね。
ナチスドイツですからね。
昨日まで殺し合いしてた敵の言うこと
誰が聞く?!って話で。
聞く耳持たない&
戦利品として奪ってやろう!と思うのが
普通だよね。
それが戦争だからね。
そんで。
こともあろうか交渉相手がソ連だからね。
普通以上に難しいよね。
スターリンのソ連だよ。
そもそも統率なんて取れてない
野蛮極まりない連中の寄せ集め軍と
言われた赤軍メンバーだよ。
もうはなっから絶望的過ぎだよね。

ソ連軍はしばらく返事をくれなかったらしくて。
5月18日に再度館長さんがブンカーに
入ってみたところ。
ぬわんと、2階と3階部分も焼け落ちてたらしく。
それっきりブンカー内の被害状況等の
詳細を調査させてもらえなくなったんだそうで。
焦る館長さん!

そして1ヵ月後の6月にドイツのメディアが
(ベルリナーツァイトゥング新聞)
報道した内容によると・・・
終戦直後にナチスSS隊員(親衛隊ね)が
ブンカーに火を放って、
国宝級の美術品を焼いてしまった
と書いてあったんだそうで。
ほんまかいな~っていうね。
占領軍によって報道は捏造されてたと
考えるのが普通よね。
ここにソ連以外の国が絡んでたかどうかは
謎のまた謎という。
もう今となっては誰もわからん~みたいなね。

その失われた美術品というのは
ルーベンス、ヴァン・ダイク、
カラヴァッジョ、ティントレット、
クラーナハ、テニールス、
ムリーリョ、テルボルフ、
ゴヤ、等々と言われてるけど。
詳細な避難美術品リストなるものが
存在しないとかで。
いったいどの美術品が保管されていて
そして焼けてしまったのかが
不明なままなんだそうで。
ドイツ人なのに何でそんなミスしてんだ?
って感じよね。
細かさと管理能力に関しては随一の民族なのに
リストが無いってありうるのか?
ってアタイでさえ思っちゃうけど。
無いもんは無いっつーことで。

ちなみに、同時に動物園側の火砲台兼貯蔵庫に
避難していた美術品に関しては
戦後大抵のものはそのまま無事に
保管されていたようで。
終戦すぐに、それらの美術品には
「軍事法廷の管理下にあるものなので
手に触れることを禁ず」
と言う張り紙がしてあったから
セーフだったとか。
何故にフリードリヒスハインの美術品に
それらの張り紙が無かったのかが
謎であると別の美術館関係者(ドイツ人ね)も
いぶかってる記述が残ってるとかで。

別の機会には美術関連の責任者氏が
フリードヒリスハインの貯蔵庫跡に入る機会が
あったらしく。(ドイツ人ね)
その際にはソ連側とイギリス側からも
立会い者がいたそうで。
彼は瓦礫の中に銀や金、大理石類を目にしたので
これは避難してあった美術品の一部に違いない!
と確信して、後日もう一度中を見せて欲しい!
中のものを安全な場所に保管させて欲しい!
と申請したらしいんだけど。
だーめーだ!
の一点張りで二度と中に入れなかったそう。
爆薬が爆発する可能性があって
危ないからと言うのが理由だったそうで。
そんなものは無いはずなのに。

そして。
終戦1年後の1946年4月に、
フリードリヒスハインのブンカーは
証拠隠滅!とばかりに
ダイナマイトで爆破されてしまい、
瓦礫として破壊されてしまったのでした。

これがまさにフリードリヒスハインの
大きいほうのブンカーが爆破された後の様子。↓
崩れてるけど木っ端微塵では無いよね。
トロッコが手前に映ってるので、どんだけ
ブンカーがデカかったのか分かるよね。
そして当時は木々も少ない・・・。
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その後、山の中にうずまってしまったブンカー。涙
なんか悲しいね。
連合軍にしてみりゃ、自分たちの戦闘機を狙い撃ちしてきてた
憎き火砲台だから爆破してしまえー!
ってことだったんだろうなと。
あれから70年以上経ってるので
今はすっかりこの上に木が生い茂ってるよ。
あの山が人口的に作られた山だなんて
到底思えないくらい木々に囲まれた
穏やかな公園の山になっちゃってる・・・。
つわものどもが夢の跡。
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このまま美術品の行方は分からずじまいか?
と思っていたところ。
1988年6月、東ベルリンのミュージアムに、
ジョバンニ・コンタリーニの
「聖なるセバスチャン」の絵が
ロンドンのサザビーズでオークションに
掛けられてますけど!
と言う情報が入ったそうで。
この絵はまさに、フリードリヒスハインの
貯蔵庫で保管されていたはずの絵だ!
と東ドイツ側は色めき立って
サザビーズに問い合わせてみたらしいけど。
購入者と販売者の了承を得ないと
名前を公表できない制度らしく
サザビーズからは何も教えてもらえずじまいとのこと。
なので。
盗品だったのか、違ったのかはいまだ
分からないまま。

そうこうしてたら。
1991年の夏にグロールさんと言うドイツ人男性が
「戦後すぐにベルリンから80キロほど離れた地域で
自分が担当していた地区の農家の納屋で
美術品のカタログだの、その他電話機やら
大量の物品を目撃しました」
と言う連絡があったそうで。
グロールさんは西ドイツ在住だったので
東西ドイツ統一までこの件を話せなかったんだろうね。
なんせ美術館が東ドイツ管轄だったし。
くー。
こういうところでも無駄な時間が・・・。

当時そこで彼が見たのは、ソ連軍の将校が
絵画を切り取って持ち帰っていたとか
そういう内容だったんだそうで。
でも納屋の持ち主いわく。
戦後そこにあったものは全部破棄
してしまったとのことで。
ほんまかいな~。
売りさばいてないのか~。
みたいな疑念は沸き起こるけど
この時点で既に45年も経ってるから
誰にも分からんよねって話。

敗戦国ドイツは
戦後、アメリカ、フランス、イギリスと
条約を交わしていて。
(西ドイツとしてだけどね。)
「戦争に関わる美術品やらの
所有権を主張する権利を破棄する」
みたいな内容にサインさせられてるんだよね。
ものすごく立場弱いわーってやつ。
負ければ賊軍~

つまり。
戦勝国は何らかのものを戦利品として
持って帰ってる可能性もあるわけで。
でもそれをネチネチ要求してくるなよ!
って言われちゃってるってことで。
なんたる話ー!!!

って思ったけど。
もしかして日本もベイコクに同じこと
やられてるのかな?
と思ったり。
つーか、東京大空襲の時
日本の美術品は無事だったんだろうかね?
今更そんなことも思ってみたり。

ドイツの条約には
ソ連は入ってなくて。
ソ連軍は戦後1945年から1949年の間に
2百万個の美術品を東ドイツから
持ち去ってるんだそうで。
さすがはジャイアンソ連。
一応1991年に3分の2は返したらしいけど。
でも残りは知らん振りらしい・・・。
ロシアの富豪が所有してて
外国に売り払ったりもしてるとかなんとか。
散り散りになってしまってるんだろうね。

とはいえ。
戦争と言うのは負けたら国の美術品を
略奪されるのがあたり前っちゃー当たり前で。
奪う側で有名なのはイギリスだよね。
ありとあらゆる国から強奪しまくって
いまや自国のミュージアムに得意満面に
飾ってるんだもんね。
どんだけ面の皮が厚いやつらなんだー
って言うね。
欧州の他の国も、戦争でかなりの数の
美術品を失ってるらしく。
フランスとか、イタリアとかも。
行方不明で戻ってこないものがものすごい
数あるらしいね。
そんなこと言い出したらきりが無いでしょー
的な話ではあるらしいね。

なんだか。
今回色々調べてると、
戦火で焼けてしまった・・・とか
瓦礫に埋まってしまってる・・・とか
そういう話が出てくるから。
それならせめて
価値ある美術品たちがたとえ盗品として
サザビーズでオークションに掛けられてたとしても
どっかで今も生きてて欲しいなと思うわけで。
この世のどこかに
残ってるならそれの方が良いかなと。
どっかで捨て去られてぐちゃぐちゃに
なって藻屑と消えてるよりはマシよね。

恐らくドイツ的には・・・
疑惑の1945年5月6日から18日の間に
ソ連軍が秘密裏に美術品を持ち出して
ブンカーに火を放って証拠隠滅を
図ったんじゃ無かろうか・・・
と思ってるんだろうなと。
まさに火事場泥棒的なね。
アタイが読んだ記事にはそんなことを
匂わせまくってたよ。

にしても面白い。
興味津々だよ、クロネコは。
美術品にはあんま興味ないけど
こういう歴史的なエピソードには
わくわくするね。

そんな背景がこの公園の山にはあったとは!
興味深いわーと思ってね。
昨日またしみじみ山を歩いてみたよ。
でも爆破させたって書いてあったから
山の下には瓦礫しか無いんだろうなと思ってて。
したらねー。
大きいほうのブンカー山を歩いてたら
苔むしたコンクリートの一部が木々の間に
ちらほらあってね!
おお!
おお!
これはもしや、ブンカーの一部?!
って嬉しくなったよ。
70年経っても残ってるんだね。
なんてこった!
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って感動してたら。
2013年の記事を見つけて。
ぬわんと。
最新技術を使って、この山の中をスキャンして
レントゲン図を撮影してみてるらしいのよ!
したら。
どうやら、この山の中にはまだブンカーの
一部がちゃんと残ってることが分かって。
なんてこった!
なんてこった!
ロマンチックすぎるんですけど!
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って1人で興奮してる今日この頃。
すごいね。
あの山のしたにはブンカーが眠ってるんだよ。
今もう木々が生い茂ってるから
今更中を掘り出すことはしないと思うけど。
もしかしたら。
ブンカーの中には一部美術品の残りが
瓦礫と一緒に埋まってるかもしれないんだなと。
そう思うと。
ああ胸熱。
アガルわ。
タカマル~!

クロネコ・・・この公園を歩く時は
気分が1945年に飛ぶよ。
飛んじゃうね~。

次はやっぱりフンボルトハインのブンカー跡地を
訪問すべきよね。↓

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フンボルトハインのブンカーには
当時エレベーターがあったらしい。
16歳から戦争の前線に
少年たちが駆り出されてたそうだけど。
15歳だと行きたくても行けなかったので
お国を護りたい少年たちが志願して
火砲台で敵軍飛行機を見張っていたそう。
少年によっては、エレベーターボーイをやっていて
有名なナチス軍人が来た際には
(ゲーリングとかかな)
案内役をやってたそう。

こういう第二次世界大戦の爪あとがところどころに
残ってるベルリンは
とことんアタイを惹きつける。
ふらりと入った公園でこんなにエピソード
盛りだくさんなんだからね。
ベルリンって、街中を車やチャリで走ってると
ふと角をまがったところに興味深い建物が
あったりするんだよね。
アタイはナチス時代の建築は一目見てすぐ
分かるので(ものすごく特徴的なので)
一体これは?!
当時何に使われてたんだろう?
って興味津々になるわけで。
今は別のファンクションとして使われてるから
定款みたいなのを読んでみないと
一体何に使われていたのか不明だけどね。
観光ルートの有名な建物は当然だけど
そうじゃない地味な通りに
ふと存在する建物がアタイにはツボなんだー。
なんか宝物を発見した気分になるのよ。
そういうのがたくさんあるから
ベルリンてば魅力的なのだよ。
クロネコにとっては宝の街だよ。

フリードリヒスハイン公園は有名な公園だから
アタイが発見したんじゃなくて
そこに既にあったものをやっとクロネコが
気がついただけなんだけど。
そうやってまだまだ知らないものがたくさん
あるのかと思うと。
ほんっとワクワクするわ♪
ベルリンラブ~。113.png
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by kuronekomusume | 2017-04-29 22:47 | ベルリン | Comments(0)