死して屍拾う者無し

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ウンター・デン・リンデンの菩提樹

一つ前の投稿に書いた
ウルシュタイン・ビルトのアーカイヴに
あったオリンピック関連の写真で
ウンターデンリンデンの当時の様子を写したものがあって。
非常に気になったので調べてたら
なんか長くなったので別記事にしてみた。

この下の写真は、
オリンピック開催直前のウンターデンリンデン通りだそうで。↓
1936年7月末ごろ。

この9年後に連合軍に爆撃されてしまったので
その前のウンターデンリンデン。
貴重!
それだけでも胸熱なのに。


c0016407_05472260.jpg

このアングルがさらにアタイを熱くさせる。
こみ上げるものがある。
これ、ブランデンブルク門の上から撮ってるのよ。
クヴァドリーガと言う女神の馬車馬が門の上に乗ってるんだけど
写真は馬の足の隙間から通りを撮ってるよね。
なんつー、こにくい演出!
どなたか存じませんけど、ほんと良い写真だよ。
すばらしい、ありがとう!
当時の様子が分かるだけじゃなく
こうやって美しい視点で写真を残してくれて
本当にありがとう!
涙涙だよ。

これがクヴァドリーガね。↓
女神が馬車に乗ってるやつ。
c0016407_05512866.jpg
それにしても。
1936年のウンターデンリンデンは今よりもにぎわってる。
向こうのほうまで人でぎっしり。
皆さん正装してるね。
7月末だけど暑くない夏だったのかなあ。
この時がナチスドイツで一番良い時代だよね。

はっ!
はっ!
そんで。
この写真↓を見てて重要なことに気がついた。
この写真、なんか変!
違和感が!!!
この賑わいでうっかり
見落としそうになったけど。

c0016407_05522901.jpg
変でしょ?
変じゃない?

あー、なんてこった!

ブランデンブルク門から東に伸びるこの通りの名前は
ウンターデンリンデンなんだよ。
Unter den Linden
ドイツ語分かる人なら意味分かると思うけど。
「菩提樹の下」って意味。
通りに菩提樹が植えられてるから
その名前がついてる。

でも!
上の写真を見ると↑
菩提樹が無いでしょ?
菩提樹どこ行った?

うわー。
クロネコ一気にこの写真が好きじゃなくなったよ。
嫌な気分だ。

今のウンターデンリンデンはこれだからね。↓
ブランデンブルク門の上から見た構図。
菩提樹が生い茂ってる。
秋でもこれだから夏も同じくらい生えてるはずで。

c0016407_20203635.jpg
おかしい。
おかしい。
なんで1936年には菩提樹が無いんだろ?
もしや戦後に木がわんさか育ったとか?
いやいやいや。
この通りは戦前どころか、
1735年からウンターデンリンデンって
呼ばれてるからね。
1880年代に森鴎外が住んでた頃も菩提樹があるんだよ。
舞姫に出てくるよね。

こうなりゃ調べるしかないね。
オタクをなめちゃいかんよ。
ウンターデンリンデンオタク目指して調べるよ。

まずは。
1900年の様子を描いた絵を発見。↓
菩提樹あるある。
めっちゃある!
c0016407_20225844.jpg
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1900年当時の写真もあったよ。↓
菩提樹あるねー。
というか。
なんかわんさかベンチに座ってるね。笑
良い写真だなー。
c0016407_09104525.jpg

1913年の様子。↓
菩提樹あるね。
こんな上空からでも目視確認できる。
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1914年の空撮。↓
めっちゃ菩提樹ある!
ある!ある!
生い茂ってるから夏場だろうね。
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こちらは第一次世界大戦時1914年に
軍隊がウンターデンリンデンを
馬車で走ってる様子を撮影したもの。↓
すごいね。
いろんな写真があるね。
菩提樹もちゃんとある。
幹もしっかりしてる。

c0016407_09165750.jpg

1931年ワイマール共和国時代の写真。↓
ギリ、ナチスに政権とられる直前ごろ。
ベルリンオリンピックの5年前。
あるね。
菩提樹あるよ。
めっちゃ生い茂ってる。
c0016407_09193711.jpg
そんで。
ナチスが政権をとってからの
ベルリンオリンピックがあった1936年の
ウンターデンリンデン。↓
・・・。
・・・・。
菩提樹、あるような、無いような。
よーく見るとあるね。
でもなんか。
縮んだ?
痩せた?
5年前と比べたらなんか子供に戻ってるよね。
ハーケンクロイツの旗が目立ちすぎてるだけ?
いやあ。
どう見ても小さくなってる。
菩提樹って小さくなる木だっけ?

c0016407_09200819.jpg
って言うか。
これ確実に木を切り倒してるよね。↑
ひどいよナチス。
ひどいことする。
木に罪はないのに。
なんか許せない。
ドイツ人は当時ムカつかなかったんだろうか。
ムカついてもアンチ発言なんて
許されなかっただろうけど。
即逮捕されて強制収容所に送られるもんね。
恐怖政治。

そんで。
こっちはオリンピックの後の1938年。↓
な・な・な・なーい!
無いよね?
え?ある?
肉眼で見える?
生い茂ってはいないよね?
さらに菩提樹が縮んだってこと?
そんなに縮む木だっけ?

いやもうこれ・・・
どう見ても伐採したとしか思えない。
枯れたわけじゃないよね。
ナチス・・・。
やりすぎだよ。
泣けてくるわ。
c0016407_09204321.jpg


そんで1940年の写真を発見。
第二次世界大戦中のウンターデンリンデン。↓
怖いよ。
怖いよ。
めっちゃ怖い。
夜こんなところに行ったらちびりそうな怖さっすよ。
でもチラッと、ほっそりした菩提樹らしきが見えるような?!
つーか今度は旗とかじゃなくて、
ハーケンクロイツの柱なんだ。
めっちゃ高さがあるよね。
両脇の建物(多分5階立てくらい)より高いよね。
ナチスー。
やりすぎー。
c0016407_20233928.jpg
ちょっと写真が暗くて分かりづらいけど。
さらに同じ場所の写真↓
菩提樹どこ?
うっすら見えるような・・・。
けど生い茂って無いよね。
これ冬の写真?ってくらい葉っぱが見当たらん。
っていうか。
怖いよー。
無理無理無理。
c0016407_20243569.jpg
ちびりそうな怖さなので。
お口直しに現代の写真も載せておきますわ。↓
ふー。
ふー。
平和~。
菩提樹もある。
c0016407_09271085.jpg


ナチス真っ盛りの時代のこの写真だと↓
菩提樹・・・無い?!
見えない。
菩提樹があるべきところにナチスの柱があるような気がする。
ヒットラー総統・・・
やりすぎだよ。
やりすぎー!
菩提樹を返してー!
c0016407_20261143.jpg
ウィキを読んだけど、
ナチス時代に菩提樹を借り倒したって言う記述は無い。
菩提樹は、痩せたり太ったり自由自在な木なのか?!
んなわけないよね?

そんで。
1945年終戦直後の写真を発見。↓
ああ。
ブランデンブルク門が・・・
ボコボコですわ。涙

ベルリンに一番乗りで入ったソ連兵たちが
うれしそう。↓
c0016407_07573814.jpg
このすぐ向こう側にヒットラー総統が潜んでいた
ヒットラー・ブンカー、
要は総統のための地下シェルターがあったので
この付近は連合軍に
めっちゃ爆撃された。
こちらが総統のシェルター跡。↓
うわー。

c0016407_09303437.jpg
で。
ブランデンブルク門付近はボコボコ。↓
ああ。
パリーザー・プラッツが。涙
ボコボコっすよ。
c0016407_07580814.jpg
こんだけ爆撃されたってことは。
やせ細って小さくなってた菩提樹も
もうこれ以上小さくなれなかっただろうから↓
燃え尽きてるね。
悲しいけどそれが戦争。
c0016407_09310332.jpg
え?
あれ?!
この写真1945年のウンターデンリンデンらしいけど。↓
菩提樹ってば。
小さくなって生き延びてた?
どういうこと?
伸縮自在なのか?
もうわけが分からん。

c0016407_09012632.jpg

こちらが1年後の1946年のウンターデンリンデン↓
菩提樹痩せてるけどあることにはある。
右側のは街路樹だから違うよ。
機関車風のやつの左側と後ろに
ひっそり見えてるのが菩提樹。
戦後にすぐ植えたのかなあ。
それとも戦火を逃れたのがそのまま育ってるのか?!
菩提樹。
生命力強いんだろうか?
ナゾ過ぎてクロネコにはもう何がなにやら。
c0016407_20353550.jpg
その後。
ウンターデンリンデンは東ドイツになったので。
東ドイツ政府がちゃんと世話したのかどうか?!だけども。
東ドイツ時代のウンターデンリンデンの写真が
見つからなかった。
が。
ベルリンの壁崩壊後の
1990年に撮影されたウンターデンリンデンの写真を発見↓

c0016407_20370326.jpg
・・・。
東ドイツっぽ過ぎて寒々しい景色。
ナチスドイツ時代の華やかさと比べても
地味過ぎて・・・。
冬なんだろうけど。
でもまあ菩提樹の幹はちゃんとしてる。
菩提樹、戦後に東ドイツの管轄下で
無事に育ったんだね。

よかったよかった。

けど。
結局のところ、ナチスドイツ政権下では
ウンターデンリンデンの菩提樹はどうなってたのかが
はっきりしないままだなあ。
写真で見た感じでは切り倒されてるような気が。
その前までの生い茂った感じがなくなってるもんね。
そんで、ナチスの旗とか柱が代わりに建っていた・・・
ってことなのかな。
そんで。
戦況が悪くなった頃には柱も無くなってて。
菩提樹はあるような無いような感じで。
連合軍の爆撃で焼け落ちたのかと思いきや。
細くて小さい菩提樹が戦後すぐに見受けられるしで。
ナゾだ。
菩提樹のナゾが解けない。

けどまあ。
東ドイツ時代には復活してて。
今は葉っぱをたくさんつけて青々としてる。
菩提樹あります。
今はばっちりウンターデンリンデンで
菩提樹の下を歩けるよ。

平和が一番だね。
c0016407_09403906.jpg

そういや。
クロネコ今回ウンターデンリンデンオタク並みに
かなりの数のウンターデンリンデン写真を
見まくったんだけど。
その際。
またまた面白いサイトを見つけてしまって
ウキウキです~。
クロネコにぴったりのサイト。
その名もベルリン・ヴィルヘルム通り。
Berlin Wilhelm Strasse
ヴィルヘルム通りって言うのは
ブランデンブルク門から南に伸びてる通りで。
ナチスドイツ時代の主要機関がここに
集まってたんだよ。

今でも部分的に当時の建物が残ってて。
クロネコは当時の地図と照らし合わせて
おお!
ここがかつての宣伝省ですか!
とか。
おお!
ここがかつての陸軍総司令部ですか!
みたいな感じで一人で自転車で周って
まぶたを閉じて当時の様子を思い浮かべてみたりして。
気分がアガル~みたいな
オタク丸出しなことをやってたりするんだけど。

ぬわんと。
このサイトはクロネコが目を閉じて
脳内で当時の様子を再生させてたことを
CGにしちゃってるという!
そんでウェブサイトに載せてるという!
オタクを喜ばせるためのサイトなんすよ!
おおおおお!!!
震える~。
楽しい~。
クロネコのためのサイト~。

で。
このサイトを見てて驚きの新情報が。
ブランデンブルク門の周りにある建物は
たいてい把握してるんだけど。
ぬわんと。
フランス大使館の後ろ側にかつて
控えていた建物があって。
その名前がこともあろうか。
Palais Goldschmidt-Rothschild
え?って言うね。
パレス・ゴルトシュミット・ロスチャイルドだよ。
まーじーで?!
ロスチャ御殿?!
ウケル。
あの一等地に・・・。
なるほどなるほど。
さすがです。
ちなみに今の所有はドレスナー銀行って
書いてた。
ドレスナーって吸収合併されてたような。
ってことは今の持ち主は誰だろうね。
結局金融系だろうからたどるとロスチャかな。
ソレは書いてなかっのでアタイの憶測だけど。

面白いね。
ほんと面白い。
ちょっとヴィルヘルム通りサイトを
よーく読んでみるかなー。

by kuronekomusume | 2018-11-04 08:08 | ドイツ歴史 | Comments(0)